「英語力30%+メンタル30%+背景知識40%」説

私のようなノンネイティブが英語でコミュニケーションを取ろうとするとき、必要な要素とその重要度はこんな感じなのではないか、ということを最近感じています。

英語でのコミュニケーション=

英語力30%+メンタル30%+背景知識40%

なぜこう思ったかというと・・・

まず、一番割合の大きい「背景知識」についてです。

先月末から新しい授業が始まりました。文学(小説)の分析に関する授業です。

・・・先生が何を言っているのか、ほとんど理解できないんです。

前までの授業は先生がオランダ出身で英語を話すのも比較的ゆっくりだったのですが、今回の先生はオーストラリア出身で英語を話すのも速く、発音もちょっと独特だったりして、聞き取りが難しい・・・

でも問題はそこじゃない気がするのです。

何よりもまず、文学に関する背景知識がないのです。知識がないから、知らない単語や聞き取れない部分を推測で補えない。「〇〇主義」と言われてもそれが何なのかわからない。「誰々の○○という作品」と言われてもそれが何なのかわからない。結果、授業についていけない。ということが起きています。

前までの授業が理解できていたのは、「理想的な教材はどんなのか」とか「生徒の間違いはどのように訂正すべきか」とか、これまでに自分自身が考えたり経験したりしてきた内容だからなのかもしれない、と思いました。

もうひとつ、背景知識について思ったことがあります。

最近、大学の友達たちとのコミュニケーションがスムーズにできるようになってきた気がしていました。でも、これは別に自分の英語力が伸びたからではなくて、共有している背景知識(それぞれのバックグラウンドに関する情報とか、一緒に受けている授業のこととか)が増えたから、会話がスムーズに進んでいるだけなのではないか、ということです。

極端に言うと、人間は言葉ではなく背景知識でコミュニケーションを取っているのではないかと感じます。

次に、メンタルも重要な要素です。

他の人がどうかはわからないんですけど、私は話す相手によって自分の精神状態が変わります。それによって英語がすらすら喋れたり、すごくたどたどしくなったりします。

例えば、「ネイティブスピーカー」や「英語がすごく上手い(と私が勝手に思っている)人」と話す時は、なぜか緊張してしまってすごく単純な間違いをしたり、相手の言っていることがすごく難しく感じたりします。反対に、「ノンネイティブの人」や「すごくおおらかな性格(なので間違えたりしても優しく受け止めてくれるだろうと私が勝手に思っている)人」(笑)と話すときなんかはリラックスしていて、だいたい自分の言いたいことを表現できるし相手の言っていることもよくわかります。

あと、皆さんも経験があるかと思いますが、お酒を飲んでいるときのほうが喋れます。間違いを気にしないからでしょうか。

結局、

間違いを恐れる気持ち

相手にどう思われるかを気にすること

自分の英語に対する劣等感

なんかが、コミュニケーションの妨げになっているということではないかと思います。

もちろん、

この人のことをもっと知りたい!とか

この人と話してると楽しい!という

ポジティブな感情もスムーズなコミュニケーションのためには重要ですね!

そして最後の要素は英語力。これは明白ですよね。単語力、文法力、リスニング力、発音、その他諸々。コミュニケーションのためにはどれも大切です。

以上、私が感じる「コミュニケーションのための3つの要素」でした!

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